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2005年01月05日

「痕跡」パトリシア・コーンウェル

 検屍官シリ-ズの13作目である。フロリダに住むケイ・スカーペッタのもとに、彼女の後任のバージニア州検屍局長から電話が来たとき、彼女はキッチンで肉をマリネしていた。ケイは料理が好きだ。パスタも打つし、パンも焼く。彼女のキッチンは広く整っていて、それを誇りにも拠り所にもしている。

 電話の相手からリッチモンドに来て事件解決を手伝ってくれと頼まれ、不安を感じつつも、ケイ・スカーペッタは5年ぶりにリッチモンドへ赴く。もちろん、相棒のマリーノ警部も一緒だ。いや、彼ももう警察を辞めて、警部ではないのだが。

 シリーズものは、評判に拘わらず出ると読んでしまう。主人公の人生や人間関係の行く末を見たいからだろうか。
 人間関係という意味では、ちょうど1年前に出た前作「黒蝿」の結末に驚いた私であったが、今回その彼とはどうなのだろうか。そしてマリーノの想いは報われるのか。
 
 再び舞台は検屍局に

 前作まで引き続き登場した「狼男」は、今回は出番がない。正直、これは嬉しかった。
 「痕跡」で扱われているのは、普通のひとたちである。病死と思われている少女の父母、後任の検屍局長、ケイの姪ルーシーの周りにも、病んでいるひとばかりだ。現代で正気を保つのはいかに難しいことか!と思わせられる。
 病気で死んだはずの少女の事件になぜケイ・スカーペッタが呼ばれたのか。FBIが関わってくるのも解せない。政治的な思惑を察する彼女だが、誰かの企みにせよ、来たからにはキッチリ解決しようと、マリーノとともに調査に乗り出す。

 リッチモンドに着く早々、昔仕事をしていたビルが壊されているのに出くわし、マリーノと歎くが、この直後に工事現場で作業員が事故死する。そして、まったく関係のないこの作業員と病死の少女とのつながりが発見され・・・。
 スカーペッタが去ってから荒れた職場となっている検屍局だが、なおかつ熱意をもって検査をする職員により、次第に謎が解かれてゆくあたり、ミステリの面白さが味わえるくだりだ。

 一方ルーシー(どうも大金持になっているらしい)も問題を抱えている。一緒に住む部下であり友人である女性が襲われる。犯人は何者か、何ゆえか。
 おばと姪は例によって、想いつつも互いを邪魔することを恐れて連絡もとらずにいるのだが、事件は交錯せずに終わるのか?

 美人で頭がよくて正義感があり、ときに感情的なケイ・スカーペッタ。疲れていようと、服が泥にまみれようと、今回も堂々たる仕事ぶりを見せてくれる。
 マリーノのトラブルへの対処のシーンでは彼女の強さと優しさが発揮されて見事だし、マリーノもまた、これに応えるかのように、いきいきと獲物を追いつめてゆく。

 「痕跡」おすすめです

 舞台柄と言おうか、目を背けたいような描写は続々とあるが、今作に始まったことではない。読者は承知のうえであろう。それでも風格を感じさせるのがケイ・スカーペッタであり、パトリシア・コーンウェルの筆力であろう。
 今回特に主役を含め登場人物の心のありように説得力がある。ミステリとしてももちろん面白く、上下巻を暮れの掃除もせずに読んだ。

「痕跡」上下 パトリシア・コーンウェル著 相原真理子訳
 講談社文庫 2004年12月 各750円
(原題「TRACE」2004年 Cornwell Enterprises Inc.)


痕跡

投稿者 蒼木そら : 2005年01月05日 19:20

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